ジーナ式は、赤ちゃんのリズムを整え、親の負担を減らす素晴らしいメソッドとして知られています。私も長男の育児でジーナ式を取り入れ、その恩恵を感じていました。しかし、今振り返ると、あの時の選択が、息子との関係に深い影を落としてしまったのではないかという後悔の念に苛まれています。
保育園入園とジーナ式継続のジレンマ
長男が1歳3ヶ月になった頃、私は仕事に復帰し、彼は保育園に通い始めました。ジーナ式で確立された生活リズムは、日中の保育園生活と私の仕事復帰において、一見すると非常に役立つものでした。規則正しい生活は息子のストレスを軽減し、私自身の心身の負担も軽くしてくれる、そう信じていました。
しかし、現実は違いました。日中、保育園で過ごす時間が長くなるにつれて、息子と私が直接触れ合う時間は極端に減っていきました。朝はバタバタと支度をして登園させ、夜は疲れて帰宅し、決められた時間に寝かしつける。ジーナ式のスケジュールを崩したくない一心で、息子が求めるであろう「もっと甘えたい」「もっと構ってほしい」というサインを見過ごしていたのかもしれません。
増えていく「困り行動」と愛着障害の影
長男は現在4歳になり、発達障害の診断を受けています。幸いなことに発達指数に遅れはありません。しかし、2歳頃から徐々に増えていった彼の「困り行動」は、私を深く悩ませました。
癇癪を起こしやすくなったり、注意を引くための行動が増えたり、時にはわざと困らせるような言動を取ったり…。これらの行動を見ていると、まるで愛着障害における「試し行動」のようにも感じられてなりません。
「もしかしたら、あの時、もっと抱きしめてあげればよかったのではないか」 「もっと彼の気持ちに寄り添い、ジーナ式のスケジュールよりも、彼自身のペースを優先してあげるべきだったのではないか」
そんな思いが頭をよぎるたびに、胸が締め付けられるような気持ちになります。
後悔とともに、今できること
もちろん、長男の困り行動のすべてがジーナ式に起因するものではないでしょう。発達の特性や様々な要因が複雑に絡み合っているのだと思います。それでも、私が感じている「息子との触れ合いの不足」という後悔は、決して無視できないものです。
今、私ができることは、息子との時間を何よりも大切にすることだと強く感じています。決められたスケジュールに縛られず、彼が求める時にたっぷりと甘えさせてあげること。彼の「困り行動」の裏にある本当の気持ちに耳を傾け、寄り添うこと。そして、発達の専門家の方々と連携し、彼が安心して成長できる環境を整えていくことです。
過去の選択を悔やんでも、時間は戻りません。しかし、この後悔を胸に刻み、息子にとって最高の母親であるために、私はこれからも努力し続けたいと思います。